表記について

・R指定表現のあるページには、(※R)を付けています。苦手な方はご注意下さいませ。
・「NOVEL1」の内容は"ポーンコミュニティ"にも載せておりましたが、本サイト掲載の際に各所加筆修正しております。

8

「喧嘩した…って訳でも無いんだろうな。彼のいつもの様子からしたら…」
腕組みしたまま、何かを思い出すように頭を巡らせている。
「…ほら、前にさ。寝ちまったあんたを連れて帰っただろ。あの時も…」
それを言われると、また別の恥ずかしさが蘇る。
ーー確か、いつの間にか眠っていて…。

「彼、言ってたよ」
店主は私の目を見て言った。

ーー大切な人ですからーー

アツシさんはそう言って微笑った、と。

「…………」
「…やれやれ。どうやら、知らぬは本人ばかり…ってやつだな」
店主はそう言いながら苦笑した。
「思ってる事は、やっぱり言わなきゃ伝わらないんだよな。…彼も…それからセッちゃん、あんたもな」
「ーー!!」
どきりとした。
店主は穏やかに目を細めている。
「ーーまた近い内に、次の任務に発つんだろう?」
話が変わった。
「ーーはい」

「…俺も昔は冒険者だった。仲間とあちこち廻ったよ」
店主は遠くを見つめるような目で、語り始めた。
「その中で沢山の人との出会いも経験した。…助けたこともある。助けられた事も、な。…それが忘れられなくて…。また色んな笑顔が見たくて…この店を始めたんだ」
そう言って微笑う、その目尻には…。
長年の人々との触れ合いの経験を滲ませるような、優しい皺が刻み込まれている。

とても…暖かい笑顔だった。
「…また任務から帰ったら…揃ってまた此処へ来てくれよな。旨いもの用意して待ってるからさ」
そう言って私の肩をぽんと叩いて。
ーーぼちぼち頑張りなよ。
囁くような声で、そう言ってくれた。
じんわり、目頭が熱くなる。
ーー半ば誤魔化すように、頭を下げた。
「…おっと、冷めちまうな。すまんすまん。ーーゆっくり食ってきな」
いつもの調子でそう告げ、店主は店の奥へと向かう。

今日は一人。…でも、此処は暖かい…。

美味しく温かい食事と暖かな人の心遣いに、空腹も気持ちも満たされて。

店を出る前、お代を渡そうとしたけれど。
「また今度二人で、たんと飲み食いしてくれればいいさ」
ーーと、笑顔で断られた。

「まあ、セッちゃんは酒は飲まない方がいいけどな」
と、明るいおまけ付きで。
そうですねと照れ混じりに苦笑しながらも、お礼を言って店を後にした。

まだ陽は高く、時間もたっぷりある。
今日はこの後、どうしよう…。

市街の中央にある広場からは、目的に応じて道が分かれている。
酒場や商店が並ぶ通りから一番近いのは、外への通りと、職人区に続く門のある路地。
ーーアツシさんがいつも曲がる角。そして昨日…。
ふと足を止めて、眺めてみる。
…会いに行きたい。…でも…。
昨日の今日では、まだどんな顔で、どう話して良いか分からない。

また明日には、新たな任務に発たなければいけないから。

ーーまた、"明日"…。
ひとり、心の中でそっと呟いた。
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